病は気から 4

病が無いと幸せなのか?

 

病は個人の生き方であると書きましたが、病にかからないように健康を追求する生活を送る事が幸せなのでしょうか?

 

自堕落に不摂生な生活は論外ですが、自分の目的、目標達成のため多少の無理や健康的な生活を犠牲にしなくてはいけないことがあるかもしれません。でもそれを我慢して健康を追求する生活をすることがその人にとって幸せでしょうか?

 

例えばタバコです。以前、私も好きで吸っていました。多い時は一日3箱目までいっていました。しかし、何となく調子が悪くなったのでやめました。そこまで好きではなかったのでしょう。今は近くで吸われると非常に迷惑です。

 

でも、本当に好きでやめない方もおられます。病気になってもやめません。その人が病気を受け入れ、責任を持ち周りの人に害を与えない限り、タバコなしではその人が人生に幸福感が得られないのであれば、それもいいと思います。(ここでは治す意思が無いのに治療を受ける医療費の問題やその人が治療を受けないという問題は無視してください。)

 

極論ではありますが、人それぞれその人の生活において大切なものは違います。犯罪行為や迷惑行為を除いて、何を一番に選ぶかはその人の自由ですし、その人の責任です。そこに「健康」という言葉がなくてもです。

 

「健康」というものは充実した人生を送るために必要なものであり、目的にしてはいけないと思います。

 

あるクライアントの方ですが、びっくりするぐらいの多くの病気を持っていながら、元気に生活しておられます。食事も美味しく食べられ、肌ツヤも良く、声もよく通ります。そして医者が宣告した余命を30年以上超えて生活しておられます。この方は病気を持っておられても、健康なのです。頭蓋骨の状態も他の病気のないクライアントの方々よりも良い状態でした。素晴らしい事です。

 

この方のことを考えると、「病気=健康ではない」とは言えないと思います。

 

これも「病は気から」です。